AI生成アートの公開・利用における法的リスク:商標権・パブリシティ権侵害と不正競争防止法上の留意点
AI技術の急速な進化に伴い、AI生成アートは企業のマーケティング、コンテンツ制作、製品開発など、多岐にわたる領域で活用され始めています。しかし、AI生成アートの利用は、学習データの著作権問題だけでなく、生成されたアートワーク自体の公開・利用段階において、新たな法的リスクをもたらす可能性があります。特に、商標権、パブリシティ権、不正競争防止法といった第三者の権利を侵害するリスクは、企業の法務部門が喫緊で検討すべき課題です。
本稿では、AI生成アートを企業が公開・利用する際に留意すべき法的リスクを深掘りし、具体的なトラブル事例とその解決策、さらに企業が取るべき実務的な対応策について解説いたします。
AI生成アートの「利用・公開」段階で発生しうる法的リスク
AI生成アートが創作される過程で、意図せず既存の商標や著名な人物・キャラクターに類似した要素を含んでしまうことは十分に考えられます。このような生成物を企業が商用利用または公開した場合、以下のような法的リスクに直面する可能性があります。
商標権侵害
商標権は、商品やサービスに使用される名称やロゴなどを保護する権利です。AIが生成した画像やデザインが、既存の企業のロゴ、マスコット、キャラクター、あるいは製品のパッケージデザインなどと酷似している場合、商標権侵害となる可能性があります。商標権侵害は、損害賠償請求や差止請求の対象となり、企業のブランドイメージに深刻な影響を与えることがあります。
パブリシティ権侵害
パブリシティ権とは、著名な人物やキャラクターが持つ、その氏名や肖像が顧客吸引力を有する場合に、これを無断で商品化したり広告に利用したりする行為を禁じる権利です。AIが特定の著名人やキャラクターを連想させる画像を生成し、これを企業が営利目的で利用した場合、パブリシティ権侵害に問われる可能性があります。肖像権と混同されがちですが、パブリシティ権は経済的価値に焦点を当てた権利です。
不正競争防止法上の問題
不正競争防止法は、公正な競争環境を保護するための法律です。AI生成アートの利用において、特に以下の類型が問題となり得ます。 * 周知表示混同惹起行為(不正競争防止法2条1項1号): 著名な他社のブランド、ロゴ、キャラクターなどをAIが模倣し、自己の商品やサービスを他社の商品・サービスと誤認混同させる行為です。 * 著名表示冒用行為(不正競争防止法2条1項2号): 広く知られた他社の表示を、自己の商品やサービスに無断で利用し、その表示が持つ顧客吸引力やブランドイメージにただ乗りする行為です。
これらの行為は、企業の信用や営業上の利益を侵害するものであり、差止請求や損害賠償請求の対象となります。
その他の権利侵害
場合によっては、AI生成アートが既存の意匠や特許に類似し、意匠権や特許権の侵害となる可能性もゼロではありません。特にデザイン性を持つ製品やその構成要素を模倣するようなケースでは注意が必要です。
国内外の動向と行政の見解
AI生成アートに関する法整備は途上にあり、各国で議論が進められています。現時点では、特定のAI生成アートが商標権やパブリシティ権を侵害したという明確な裁判例は多くありませんが、既存の権利侵害判断基準がAI生成物にも適用されると考えるのが一般的です。
日本では、文化庁がAIと著作権に関する見解を公表しており、AIが既存の著作物を学習データとして利用することや、AI生成物の著作物性について言及しています。AI生成アートが既存の著作物と酷似し、創作的寄与が認められない場合は著作権侵害となる可能性があるとされており、これは商標権やパブリシティ権侵害のリスク評価においても参考となるでしょう。つまり、AIが既存の権利物を模倣する傾向がある場合、その生成物を公開・利用する際には、より慎重な権利チェックが求められます。
海外では、米国の著作権登録におけるAI生成アートの扱いが明確化されつつありますが、商標権やパブリシティ権に関しては、具体的なガイドラインが確立されているわけではありません。しかし、各国の商標法やパブリシティ権に関する法律の原則に基づき、個別の事案で判断が下されることになります。
具体的なトラブル事例と法的分析・解決策
ここでは、AI生成アートの公開・利用において発生しうる架空のトラブル事例を想定し、その法的分析と解決策を提示します。
事例1:AIで生成したキャラクターが既存企業の商標と酷似し、商標権侵害で警告を受けたケース
【事例の概要】 IT企業A社は、新サービスのプロモーションのため、AI画像生成ツールを用いてマスコットキャラクターを作成し、Webサイト、SNS、広告等で広く展開しました。しかし、数週間後、競合のB社から「当社の登録商標であるマスコットキャラクターに酷似しており、商標権を侵害している」との警告書が届きました。B社のキャラクターは業界内で広く知られています。
【法的分析】 本件では、A社が生成・利用したAIキャラクターがB社の登録商標と「類似」するか否かが重要な争点となります。 * 類似性の判断: 外観(見た目)、称呼(呼び方)、観念(意味合い)の三側面から総合的に判断されます。AIキャラクターとB社のキャラクターの形状、色使い、全体の印象などが客観的に比較されます。 * 商品・役務の類似性: A社の新サービスとB社のサービスが、その内容や取引分野において類似しているかも判断要素となります。 * 出所の混同のおそれ: AIキャラクターの利用により、消費者がA社のサービスをB社のサービス、あるいはB社の関連サービスであると誤認するおそれが生じるか否かが、最終的な商標権侵害の判断基準となります。
AIが意図せずとも、既存の著名な商標に酷似した画像を生成する可能性は十分にあります。その生成物が識別力を有する商標として既に登録されている場合、A社の行為は商標権侵害となる蓋然性が高いでしょう。
【解決策】 1. 速やかな利用中止: 警告を受けた場合、直ちに当該AIキャラクターの全ての使用を中止し、関連するコンテンツを削除します。 2. 証拠保全: 警告書の内容、AI生成ツールの利用履歴、生成物の制作過程に関する記録などを保全します。 3. 法務部門と専門家への相談: 社内法務部門が中心となり、外部の弁護士(特に知的財産権に詳しい専門家)に相談し、法的リスクと対応方針を検討します。 4. 類似性評価: 専門家の意見に基づき、B社の商標とAIキャラクターの類似性を詳細に評価します。 5. 交渉: B社との間で、和解、ライセンス契約の締結、あるいは賠償金の支払いなどについて交渉を行います。AI生成ツールが既存の商標を学習データとして取り込んでいた可能性も考慮し、AIベンダーとの契約内容も確認することが重要です。
事例2:AIで生成したイラストが有名タレントを模倣しており、パブリシティ権侵害の疑いが生じたケース
【事例の概要】 コンテンツ制作会社C社は、ソーシャルゲームのキャラクターとしてAIにイラストを生成させました。そのキャラクターは、特定の有名タレントD氏の顔立ちや特徴的な髪型、ファッションスタイルを極めて高い精度で模倣しており、多くのユーザーがD氏本人であると認識しました。D氏の所属事務所から「タレントの肖像およびパブリシティ権を侵害している」との指摘を受けました。
【法的分析】 本件では、C社のAI生成イラストがD氏のパブリシティ権を侵害しているか否かが争点となります。 * 識別性・顧客吸引力: D氏の肖像が、その氏名や肖像自体に顧客吸引力、すなわち経済的価値を有しているかが前提となります。通常、有名タレントであればこの要件は満たされます。 * 営利目的利用: C社がソーシャルゲームという営利目的のコンテンツで当該イラストを利用したことは明らかです。 * D氏の肖像としての同一性: AI生成イラストが、一般の需要者の視点からD氏本人と容易に識別可能であるか、またD氏の肖像としての特徴をどの程度再現しているかが重要です。AIが特定の人物の画像を学習データに含む可能性があり、その結果として類似性が高まったと推測されます。
この事例のように、AI生成物が特定の著名人を高精度で模倣し、その人物の持つ顧客吸引力を無断で利用する形で営利目的で使用された場合、パブリシティ権侵害となる可能性が非常に高いです。
【解決策】 1. 速やかな利用中止と削除: 直ちに当該イラストの利用を中止し、ゲーム内コンテンツやプロモーションから削除します。 2. 法務部門と専門家への相談: 弁護士に相談し、法的リスクと対応方針を検討します。特に、パブリシティ権侵害は世論の反発を招きやすいため、迅速かつ適切な対応が求められます。 3. D氏所属事務所との交渉: D氏の所属事務所に対し、謝罪とともに、和解金や損害賠償、再発防止策の提示などについて交渉を行います。 4. AI生成プロセスの見直し: 今後のAI画像生成において、特定の人物を連想させる生成物を避けるためのプロンプト調整や、生成物の権利チェック体制を強化します。必要に応じて、AIモデルの調整も検討します。
企業における実務的対応策
AI生成アートの利用における法的リスクを軽減するためには、企業の法務部門が主導し、以下の実務的な対応策を講じることが不可欠です。
1. 利用前のリスク評価体制の構築
- 生成物の権利侵害チェックフローの導入: AI生成物を公開・利用する前に、既存の商標、キャラクター、著名人の肖像などとの類似性をチェックするフローを設けます。具体的には、類似画像検索ツールや商標データベース検索の活用、専門家によるレビューなどが挙げられます。
- AIモデル・ツールの選定と利用規約の確認: 利用するAIモデルやツールの利用規約を詳細に確認し、生成物の権利帰属、利用範囲、保証、免責事項などを把握します。特に、生成物が第三者の権利を侵害した場合の責任の所在を明確にしておくことが重要です。
- AIベンダーとの契約における免責・補償条項の確認: AIツールやサービスを提供するベンダーとの契約において、第三者の権利侵害に関する免責条項や補償条項がどのように規定されているかを確認し、企業側のリスクを適切にヘッジできるよう交渉します。
2. 社内規程の整備と従業員への教育
- AI利用ガイドラインの策定: 従業員が業務でAI生成アートを利用する際のガイドラインを策定します。私的利用と業務利用の区別、生成物の商用利用における承認プロセス、権利侵害のリスクに関する注意喚起、生成物のチェック義務、問題発生時の報告義務などを明確に定めます。
- 知的財産権に関する研修: 従業員に対し、著作権、商標権、パブリシティ権などの知的財産権に関する基本的な知識と、AI生成アート利用における具体的なリスクについて定期的な研修を実施します。
3. トラブル発生時の対応プロセスの明確化
- 即座の使用中止と証拠保全: 第三者から権利侵害の指摘を受けた場合、直ちに問題のAI生成アートの使用を中止し、関連する証拠(生成物のデータ、AIツールの利用履歴、プロンプトなど)を保全するプロセスを定めます。
- 法務部門への速やかな報告: 従業員が権利侵害の可能性に気づいた場合や、外部から指摘を受けた場合に、速やかに法務部門へ報告する体制を確立します。
- 専門家(弁護士)への相談: 権利侵害が疑われる場合、企業単独で対応せず、必ず知的財産権に詳しい外部弁護士に相談し、法的助言を得ることを徹底します。
- 相手方との交渉における注意点: 相手方との交渉においては、安易に責任を認めず、法務部門と弁護士の指示に従って慎重に進めます。
4. 技術的な対策と法的対策の連携
- AIモデルの調整によるリスク軽減: 生成物の権利侵害リスクを低減するため、AIモデルの学習データや生成プロセスを調整する技術的対策を検討します。特定の商標や著名な人物を想起させにくい生成を促すようなプロンプトエンジニアリングの工夫も有効です。
- AI倫理ガイドラインの遵守: 企業としてAI倫理ガイドラインを策定または遵守し、倫理的な観点からも権利侵害リスクを回避する姿勢を示します。
まとめ
AI生成アートの公開・利用は、企業のビジネスに新たな可能性をもたらす一方で、商標権、パブリシティ権、不正競争防止法といった多岐にわたる法的リスクを内包しています。これらのリスクは、学習データの著作権問題とは異なる側面を持ち、企業がAI生成アートを活用する上で避けて通れない課題です。
企業法務部門は、これらのリスクを正しく評価し、利用前の権利チェック体制の構築、社内規程の整備、トラブル発生時の迅速かつ適切な対応プロセスの明確化を通じて、リスクマネジメントを徹底する必要があります。国内外の法規制動向や裁判例の推移を注視しつつ、技術部門とも連携しながら、法的リスクを最小限に抑え、AI生成アートの健全な利用を推進することが、今後の企業活動において非常に重要となるでしょう。